2005年度シンポジウム「分子科学コア領域と関連領域の最先端」

本シンポジウムは、分子科学研究所の多大なご支援により開催されました。

日程とプログラム

日時:2005年6月4日,5日
場所: 自然科学研究機構岡崎コンファレンスセンター

6月4日(土)
9:00- 9:05 はじめに
9:05-11:05 セッション1: 水素結合の物理化学
11:05-11:30 休憩
11:30-13:30 セッション2: 新しい液体とその科学

14:00-  分子研オープンハウス
*分子研の研究設備を全体にわたって見学することのできる,絶好の機会です。大学院生及び若手研究者の皆様は,是非分子研オープンハウスにもご参加頂きますよう,お願い致します。

6月5日(日)
9:00-11:00 セッション3: より複雑な表面・界面における分子ダイナミックスと反応へのアプローチ
11:00-12:15 昼食休憩
12:15-14:15 セッション4: 生体分子情報の生成と伝達
14:15-14:45 休憩
14:45-16:45 セッション5: アト秒への道

懇親会については詳細未定です。追ってお知らせ致します。

 今年の5つのセッションのディスカッションリーダー、講師、セッションの趣旨と内容を以下に示します。(敬称略)

  1. 水素結合の物理化学
     ディスカッションリーダー:橋本健朗(首都大学)
  2. 新しい液体とその科学
     ディスカッションリーダー:平田文男(分子科学研究所)
  3. より複雑な表面・界面における分子ダイナミックスと反応へのアプローチ
     ディスカッションリーダー:松本吉泰(分子科学研究所)
  4. 生体分子情報の生成と伝達
     ディスカッションリーダー:笹井理生(名古屋大学)
  5. アト秒への道
     ディスカッションリーダー:大森賢治(分子科学研究所)

  1. 水素結合の物理化学
     ディスカッションリーダー 橋本健朗(首都大学東京・都市教養)

     水素結合は分子間でもまた分子内でも形成され、その理解は分子科学および分子科学を基盤とする広範な研究の深化に不可欠である。このセッションでは、気相クラスター分光実験により「水素結合ネットワーク構造と新しい水素結合」、シミュレーションにより「分子集団としての水のダイナミックスと多様性」の研究をリードされているお二人を講師にお招きした。講演と議論を通じて水素結合研究の現状を把握し、将来展望を検討することを第一の目的とする。また、クラスターからのボトムアップ的アプローチによりバルク系の諸性質を理解するうえでの問題点と解決法、たんぱく質や核酸など生物的集合体に関する研究や環境・エネルギー問題など広い視点から水素結合の基礎研究が重要な役割を果たすと期待され、挑戦すべき未解明課題を検討する。

    • 藤井朱鳥(東北大学大学院理学研究科) 気相分子クラスターから観る水素結合 −ネットワーク構造と新奇性

       気相水素結合クラスターは、水素結合による複雑な分子間構造を有限個の系に限定することにより、その構造の具体的「可視化」を可能としたモデル系である。近年における赤外分光法の適用と量子化学計算の発展はクラスター研究に革新をもたらし、現在は10分子程度で構成されるクラスターについて充分に信頼できるレベルでの分子間構造決定が現実化しつつある。また、様々な新奇水素結合について、その存在と性質がクラスターを理想的な系として研究されている。講演では気相水素結合クラスター研究の現状を広くレビューすると共に、クラスターサイズや温度(動的要因)など気相クラスターと凝集相とを隔てる壁をいかに乗り越えるべきか、今後の課題と方向を検討したい。

    • 大峰 巌(名古屋大学大学院理学研究科) 水、水、水――水の多様なすがた

       水は我々の生存にとって大切な物質であり、穏やかな性質の物質と思われていますが実は非常に変幻自在にその姿を変え、ある時は激しく物質をどんどん分解し、ある時は大きな包容力でものを包み込みます。このような変幻自在な水の性質が如何に生まれているかを、ミクロのレベルから説明します。
       具体的には(1)水のミクロの構造、すなわち水分子同士を結びつけている水素結合のネットワークの構造とその変化、それを如何に捕らえるか実験観測の問題、(2)水の性質の温度による変化、すなわち「水はいかに凍り?また氷はいかに融けるのか?」、(3)高温高圧時の水、すなわち超臨界水のようすと、非常に高い反応性について、さらに(4)生命と水や(5)他のいろいろな分野との関係(環境・エネルギー問題、気象学、惑星の水、地球内部の水)、などを物理化学の立場から話します。

  2. 新しい液体とその科学
     ディスカッションリーダー 平田文男(分子科学研究所)

     近年、超臨界流体、イオン液体などの新しい「液体」が現れて、応用面を含めて多くの注目を集めている。また「古典的」液体としても、これまで現象論に止まっていた液液界面、液液相分離(転移)に対して分子レベルでの実験結果および理論研究が次々と報告され、新しい局面を迎えつつある。
     この時点で、先行した超臨界流体の研究や応用は現在どこまで進行しているのか、新しく登場したイオン液体の特徴、面白さ、考えられる応用にはどのようなことがあるか、また、これらを含めた現段階での液体論はどのようになっているのかを概観し、そのなかでこれらの「新しい液体」がどう位置づけられるかを検証する。

    • 浜口宏夫 (東京大学大学院理学研究科) イオン液体:この不思議なもの

       英語でionic liquidあるいはroom temperature ionic liquidと呼ばれる一連の化合物群が存在する。日本語ではイオン性液体、常温融解塩などと呼ばれることもあるが、ここではイオン液体という呼称を用いる。イオン液体は、以下のような大変興味深い特性を持っている。
       1)イオンのみで構成されているにも拘わらず常温で液体である。
       2) 液体相を示す温度範囲が広い
       3)蒸気圧が極めて低い
       4)溶媒として優れた特性を持っている
       5)広い電位窓と高いイオン伝導性
       しかし、イオン液体の構造、物性に関する基礎知識はまだ乏しいのが現状である。筆者らは、振動分光、X-線回折、熱測定、磁性測定などの物理化学的手法を用いて、イオン液体の液体構造の解明に取り組んできた。その結果、イオン液体は、厳密な意味での液体ではなく、ミクロな局所構造を持ったナノ構造流体であるという作業仮説に到達した。本講演では、この作業仮説を支持するいくつかの特異な実験結果を、やや丁寧に解説する。新しい物質相としてのイオン液体の面白さを多くの若手物理化学研究者に認知して頂く契機となれば幸いである。

    • 西川恵子 (千葉大学大学院自然科学研究科) ゆらぎが超臨界流体の物性を決める!

       超臨界流体は、臨界温度・臨界圧力を超えた流体であり、その性質を自由かつ大幅に制御できる機能的な溶媒として注目を集めている。様々な相態において、超臨界流体が最も構造の乱れた状態である。このような乱れた系に、構造という概念は存在するのであろうか?構造を議論しなければならないとしたら、どのような形で表現したらよいのだろうか?温度・圧力・密度などの熱力学的条件を変えると、分子分布の乱れはどのように変わるのだろうか?構造の乱れが超臨界流体の物性とどのように関わっているのであろうか?本セッションでは、構造と物性の立場から、上記の疑問に答えながら、超臨界流体の本質にせまることにする。

  3. より複雑な表面・界面における分子ダイナミックスと反応へのアプローチ
     ディスカッションリーダー 松本吉泰(分子科学研究所)

     表面科学は超高真空装置の改良に伴い単結晶表面を用いた、いわゆるよく規定された表面での吸着分子を含む構造、電子状態、反応機構を明らかにしてきた。また、多種類の測定方法および理論の開発により、詳細な議論が可能となってきている。しかし、高圧、高温で用いられる現実の触媒の反応や液体と接触する固液界面での反応を真に理解しようとすると、そこには大きな障壁(プレッシャーギャップ)が存在する。そこで、本セッションでは現在の最先端の表面科学の現状を踏まえて、より複雑な表面・界面における分子ダイナミックスや反応をどのようにプローブし、理解を進めていけばいいかを中心的課題として議論する。

    • 大西 洋(神戸大学理学部) 二次元開放系の化学反応

       吸着分子と気相分子との化学反応は触媒など工業プロセスや、エアロゾル表面での大気化学反応などの自然環境で重要な役割を果たしている。走査プローブ顕微鏡を用いれば気相成分の存在下においても吸着分子の単一分子計測が可能なはずである。しかし、化学反応がおきる温度では吸着分子の表面移動も活性化されており、吸着分子を画像として識別すること自体が難しい。二酸化チタン表面を使ってこの困難を回避し(1)酸素ガス存在下での光触媒反応と(2)気相分子が吸着分子と交換する二分子反応を顕微鏡観察した。いずれも気相分子の関与によって新しい表応経路が開く例である。これらの例をもとに「清浄でない」固体表面=二次元開放系でおきる化学反応のおもしろさを述べる。

    • 渡會 仁(大阪大学大学院理学研究科) 液液界面反応の新規計測法と機能解析

       液液界面はバルク液体間に存在する境界面であるが、化学分離や有機合成の分野では二次元溶媒として有効に利用されている。しかし、一般に、界面での反応をバルク相内での反応と区別して計測することは困難なため、液液界面反応機構の研究は最近まであまり進展しなかった。そこで、さまざまな分光計測法を液液界面に適応できるように幾つかの工夫を行ってきた。そのポイントは、微小な液滴、液柱、液膜などにして比界面積を増大させることである。このような状態を作り、界面単一分子計測、錯生成反応速度、集合体生成機構、界面高速反応速度、キラル計測とキラル発現、界面磁化率測定などを検討した。

  4. 生体分子情報の生成と伝達
     ディスカッションリーダー 笹井理生(名古屋大学大学院情報科学)

     細胞内の多数の蛋白質の構造や機能が、細胞まるごとレベルで網羅的にわかってくると、酵素として単独で働く蛋白質のみならず、蛋白質−蛋白質相互作用を通じて生理機能を発現する蛋白質複合体の理解が極めて重要であることが明らかになってきた。相互作用する蛋白質はダイナミックな構造変化をすることにより、エネルギーや情報を伝えることができる。このセッションでは、蛋白質の動的な相互作用を1分子レベルで観測する実験、大規模なシミュレーションによる解析、という実験と理論による最新の成果に基づいた議論を行って生命への分子科学からのアプローチを考えたい。

    • 田口英樹(東京大学新領域創成科学研究科メディカルゲノム専攻) 「時計仕掛けのゆりかご」シャペロニンGroELの作用機構

       Anfinsenのドグマで知られているように、蛋白質の折れたたみは他からの情報やエネルギーを必要とせず、自発的に進行するプロセスである。しかし ながら、細胞内で折れたたみを助けるシャペロニンGroELは、ATPの加水分解というかたちでエネルギーを消費する。では、そのATPのエネルギーは どう使われるのだろうか?またどのような種類の蛋白質がシャペロニンに助けられているのだろうか?1分子1分子のシャペロ ニン分子がダイナミックに機能するようすを解析してわかってきた知見を中心に研究の現状を紹介し、シャペロニンが折れたたみをどのように助けているのか議論したい。

    • 北尾彰朗(東京大学分子細胞生物学研究所) 生体超分子の機能を生み出す分子間相互作用とダイナミクス

       生体超分子は、複数の蛋白質や核酸などが集合して機能を発揮する生体内のナノマシンである。我々は、実験で決定された「静的」立体構造が機能を発揮する「動的」過程を分子シミュレーションで観察することで、生体超分子が機能するメカニズムを研究している。本シンポジウムでは、マイクロメータオーダーの巨視的な構造をオングストロームオーダーの微少な構造変化と相互作用で制御している細菌べん毛系を中心に講演をおこなう。全体構造を安定に保ちつつ、ソフトな構造変化を可能にする仕組みを、分子間の相互作用とダイナミクスに注目することで明らかにする。

  5. アト秒への道
     ディスカッションリーダー 大森賢治(分子科学研究所)

     分子の運動には時間スケールの階層性がある。回転はピコ秒スケールの運動である。振動はこれよりもだいぶ速く、フェムト秒領域で起こる。一般に5フェムト秒くらいになると原子核の動きはほぼ無視できるので、これよりも速い領域は分子のダイナミクスとは一見無関係のように思えてしまう。一方、最近フェムト秒を切るアト秒幅の光パルスの発生が、世界中の話題になっている。しかし、これは技術的に至難の業であるため、世界のほんの一握りの研究グループがしのぎを削っており、周りは固唾を飲んでこれを見守っている。このセッションでは、アト秒パルスの発生と計測、あるいはそのための基盤技術の開発で最先端の研究を進められているお二人に、現状と展望についてご講演いただき、分子科学にとってアト秒パルスはどのように活きるのか?を十分に議論したい。

    • 鳥塚健二(産業総合技術研究所) 時間領域から見たキャリアエンベロープ位相制御技術

       モード同期超短パルスレーザーは、フェムト秒領域に至る超高速現象の解明や、高ピークパワーを利用した種々の応用などを通じて、今日では幅広い分野で研究開発用ツールとなっているが、近年、レーザー出力パルスにおいて、強度波形に対する電界振動の位相(キャリアエンベロープ位相;CEP)をコントロールする技術が開発され、さらに新しい応用展開の契機となるものと期待されている。アト秒科学の分野は特に期待される例で、高次高調波による真空紫外アト秒パルス発生は、それ自身が光電界の変化を直接的に反映する過程と考えられているうえ、アト秒パルスをさらにレーザーと組合せて、レーザーの電界振動周期(2-3fs)以下の過程の情報を得る方法なども提案されている。
       ここでは、レーザー技術の観点から、我々の成果の紹介を交えてCEPコントロール技術の概要を述べると共に、今後の展開について議論したい。

    • 渡部俊太郎(東京大学物性研) アト秒パルスの発生と今後の展開

       可視光の最短パルスは3 fsに達し、限りなくモノサイクルに近く、その結果スペクトル幅も1オクターブを超える。しかし光パルスを搬送波の包絡線で定義するかぎり限界である。これ以下は光の電場を直接測るしかない。ところが高次高調波ではこのような制限がないばかりか、高調波の発生自体が、強光子場中の電子の運動の反映であり、アト秒オーダーの電子の運動のモニターといえる。
       最近搬送波の位相を包絡線のピークにロックした2~3サイクルの超短パルスを用いて、単一パルスによるアト秒軟X線パルスの発生と、このパルスによる励起パルスの振動電場のオシログラムがウィーン工科大学から報告された。ここでもパルス幅はシミュレーションに基づく推定値であった。これに対し著者のグループでは、超短パルスの急峻な立ち上がりの部分で高調波を発生させ、イオン化によって高調波を立ち切る方法を用いた。用いた励起光は波長400 nm、パルス幅8 fs、ピーク出力0.2 TWであった。この方法ではイオン化寸前の高い強度を用いるため、強い高調波が得られる。この強い高調波により2光子超閾イオン化(1光子でイオン化し更にもう1光子吸収)による電子スペクトルを初めて観測した。これにより、自己相関によるパルス幅の測定が可能となった。パルス幅は950アト秒であった。
       このようにアト秒高調波が現実のものとなると「アト秒科学」への今後の展開が期待される。


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