第4回分子科学会シンポジウム報告

第4回 分子科学会シンポジウム 報告

第4回分子科学会シンポジウム、大盛会のうちに終了

平成22年7月10日(土)東京大学駒場Iキャンパスにて、第4回分子科学会シンポジウムが開催されました。開催の1ヶ月ほど前にようやくご案内を差し上げたにも関わらず、90名を越える方々にご参加頂きました。午前中は「ミクロ~メソ~マクロを繋ぐ「形」が立ち現れる仕組み」というテーマでセッションが開かれ、空間・時間スケールの異なる階層間を繋ぐ際のキーワードは何か、また、分子科学で考える階層性は生命科学での階層性とどのような違いがあるのか、など、まさに学際的な議論が繰り広げられました。昼食をはさんだ会の後半では、「分子科学により大気環境を探る」というテーマでセッションが行われ、分子科学の知識・方法論・概念が大気環境科学において大きな役割を果たしていることが、様々な例を挙げて紹介されました。その上で、より多くの分子科学者が積極的に参加し、大気環境科学へ重要な貢献をもたらすことへの期待が、熱く語られました。

このように大変に有意義であったセッションを企画頂き、また、当日の進行でも多大なご尽力を頂いたディスカッションリーダーの先生方、ご自身の最先端の成果を含めて分かり易く研究分野の現状をご紹介頂いた講師の先生方、さらに、熱心に講演をご清聴頂いた出席者の皆様に、厚く御礼を申し上げます。また、本シンポジウムの運営を御世話頂いた、東京大学駒場キャンパスの先生方と研究室の皆様に感謝申し上げます。

今回の盛り上がりを次回のシンポジウムにも引継ぎ、分子科学の学際的な発展に貢献できるよう努力を続けてまいりたいと思います。今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。

分子科学会 企画委員長
大島 康裕

第4回 分子科学会シンポジウム

◆シンポジウムの様子

第4回 分子科学会シンポジウム 開催のご案内

分子科学会シンポジウムは、急速に広がっている分子科学のフロンティア領域に注目し、次世代の分子科学の地平を見渡す視点を提供すべく、分子科学会の重要なアクティビティの1つとして企画されているものです。2006年9月の分子科学会発足以来、2007年7月(東京)、2008年5月(大阪)、2009年6月(東京)と年1回のペースで開催され、毎回、70名を超える参加者により活発な討論が行われております。

本年度は、東京大学総合文化研究科の方々にお世話頂いて、下記の様に2010年7月10日に東京大学駒場キャンパスにて開催いたします。第4回目となる今回は、「ミクロ~メソ~マクロを繋ぐ「形」が立ち現れる仕組み」、「分子科学により大気環境を探る」という2つのテーマについて、ディスカッションリーダーの先生の御協力の下、それぞれの研究の最前線を、議論を通じて深める場としたいと思っております。

本シンポジウムは、どなたでも御参加が可能です。登録費は無料となっておりますので、お誘いあわせの上、奮って御参加頂ければ幸いです。参加登録については、参加申し込みボタンをクリックの上、ウェブよりお申し込み下さい。当日の現地での参加登録も可能ですが、人数を把握させていただく上で、事前の御登録にご協力いただきたくお願い申し上げます。

皆様の御参加をお待ちしております。

2010年5月14日
分子科学会
企画委員長 大島康裕

日時

2010年7月10日(土)10:00~17:15  (懇親会 17:30より)

場所

東京大学 駒場Iキャンパス、18号館ホール
会場へのアクセス
キャンパスの地図

主催

分子科学会

参加費

(1)登録は無料、(2)懇親会は一般3,000円、学生2,000円

問い合わせ先

子科学会企画委員長 大島康裕
〒444-8585 岡崎市明大寺町字西郷中38 分子科学研究所
TEL:0564(55)7430/FAX:0564(54)2254
ohshima[at]ims.ac.jp([at]を @ に変えて下さい)

プログラム

2つのテーマに対するセッションは各3時間です。内訳は、ディスカッションリーダーによる、セッションの背景と現状についての説明20分程度、講師の方々による講演3件、各40分程度、そして、セッション全体の内容についての質疑・討論が30分程度です。以下にタイムテーブルと概要を示しますので、ご参照ください。

タイムテーブル

  • 10:00-10:05 開会の辞
  • 10:05-13:05
    セッション(1) ミクロ~メソ~マクロを繋ぐ
    「形」が立ち現れる仕組み  概要へ
    (木寺詔紀、阪口雅郎、野口博司、豊田太郎)
  • 13:05-14:25 お昼休み
  • 14:25-17:25
    セッション(2) 分子科学により大気環境を探る  概要へ
    (戸野倉賢一、高橋けんし、金谷有剛、竹川暢之)
  • 17:25-17:30 閉会の辞
  • 17:30-19:30 懇親会

概要

PDF版はこちらから

(1) ミクロ~メソ~マクロを繋ぐ「形」が立ち現れる仕組み
ディスカッションリーダー 木寺詔紀(横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科)

【セッション紹介】
分子の自発的な集合によるさまざまな空間・時間スケールにわたる「形」の形成と、それに伴う「形」に特異的な物性の獲得は、生命現象に現れる階層的な「形」と「機能」の関係に外挿される重要な問題である。そのような階層構造の形成をどのように理解していくかを考えるきっかけとするために、thought-provokingな三つのトピックスを集めた。キーワードは脂質分子である。脂質分子からなる細胞膜でのタンパク質の構造形成(フォールディング)を阪口雅郎先生(兵庫県立大)に紹介していただく。そして、構造形成をどう理解する道筋を与える二つの可能性として、野口博司先生(東京大学)には、理論計算の立場から、マルチスケールシミュレーションによる脂質分子の構造形成を、豊田太郎先生(東京大学)には、構成論的実験の立場から、両親媒性分子の構造形成と動的な振る舞いについて、お話ししていただく。

(1)-1 講師:阪口雅郎(兵庫県立大学大学院生命理学研究科)
「細胞内での膜タンパク質の形つくり」

 タンパク質分子は、完成品そのものに加え、それらが形を作る過程もまた興味深い研究対象です。ここでは、脂質二重膜を貫いて存在する膜タンパク質の「形」つくりに関する研究を紹介します。タンパク質分子は、細胞のリボソームによりアミノ酸が順次付加されてできる直鎖です。膜タンパク質の鎖は、合成される途中で、細胞内の脂質膜にある膜組み込み装置(トランスロコン)を介して膜に組み込まれ、形を作ります。鎖はトランスロコンへ、「進入を開始し」、「移動し」、「動きが止まり」、また「進入を再開し」、場合によっては「逆行し」、脂質膜の平面に「織り込まれ」、大まかな形ができあがります。これらの過程では、タンパク質分子の形は自律的にできるという原理が一部成り立たないようにも思えます。

  1. 阪口雅郎, 「小胞体トランスロコンを介した膜タンパク質の膜組み込みと構造形成」、膜(日本膜学会会誌)2010, 35, 63-71.
  2. 阪口雅郎, 「小胞体での膜蛋白質の生合成と膜結合型リボソーム」、生物物理学ハンドブック(朝倉書店)2007, 205-207.
  3. 阪口雅郎, 「膜タンパク質のフォールディングとポリペプチド鎖の膜透過機構」タンパク質科学:構造・物性・機能(後藤祐児・桑島邦博・谷澤克行 編,化学同人)2005, 279-289.

(1)-2 講師:野口博司(東京大学物性研究所)
「ナノからマイクロメートルでの脂質分子の構造形成」

 脂質2分子膜の厚さは5ナノメートルであるが、脂質膜のつくる小胞や細胞はマイクロメートルの大きさを持つ。このため、各々のスケールに合わせた様々な理論やシミュレーション模型が提案され、研究されている。本講演では粗視化脂質分子模型や、膜を厚みのない曲面と見なす模型を解説する。シミュレーション例として膜融合や流れによる脂質小胞の変形を紹介する。

  1. H. Noguchi, J. Phys. Soc. Jpn. 78, 041007 (2009).
  2. 野口博司, 日本物理学会誌 (2010) in press.
  3. H. Noguchi and G. Gompper, Phys. Rev. Lett. 93, 258102 (2004).

(1)-3 講師:豊田太郎(東京大学大学院総合文化研究科、JSTさきがけ)
「反応活性な両親媒性分子の自己集合体がみせる時間発展型分子システム」

 水にも油にも溶解する両親媒性分子は、水中でミセルなどの自己集合体を形成することが知られている。この形成機構は熱力学的な平衡状態で理解される。私を含む研究グループは、この両親媒性分子に反応活性部位を導入し、反応時間が数時間程度の化学反応が引き起こされると、その間に自己集合体1つ1つが様々なダイナミクスを示すことを見出してきた。例えば、ミセルからジャイアントベシクル(細胞サイズの袋状脂質膜)への形態変化、ジャイアントベシクルの自己増殖、エマルション油滴の遊走現象である。これらのダイナミクスの機構はまだ十分に解明されていないが、分子変換と自己集合体ダイナミクスという空間構造の階層間が結合した興味深い現象といえ、生命システムの理解にもつながるのではないかと考えている。

  1. K. Suzuki, T. Toyota, K. Takakura, T. Sugawara, “Sparkling Morphological Changes and Self-Movement of Self-Assembly in Water Induced by Chemical Reactions”, Chemistry Letters, 38, 1010-1015 (2009).

(2) 分子科学により大気環境を探る
ディスカッションリーダー 戸野倉賢一(東京大学環境安全研究センター)

【セッション紹介】
地球温暖化をはじめとした様々な大気環境問題の解決は持続可能社会の実現において必要不可欠である。この問題の解決には,大気化学・気候・物質輸送等の横断的な分野の理解が必要である。大気化学での研究に目を向けると、大気での均一・不均一反応や大気微量気体および大気エアロゾルの計測などの研究分野では、分光法や質量分析法といった分子科学的アプローチによって最先端の研究が支えられている。このように大気環境を理解する上では分子科学の担う役割は大きい。本セッションでは、レーザー分光法を用いた大気微量物質の観測、均一・不均一大気化学反応研究、大気エアロゾルの観測およびその気候変動にあたえる影響等についての先端的な研究を分子科学的な視点を交えて3人の先生方に紹介していただく予定である。異分野の皆さんとの討論を通じて、 分子科学が大気環境科学にどのように貢献していけるかを議論したいと考えている。

(2)-1 講師:高橋けんし(京都大学生存圏研究所)
「レーザー計測技術による生物圏・大気圏の微量気体交換過程の研究」

 森林を含む陸域生態系からは多岐の種類に亘る微量成分が大気へと放出されている。それらは量こそ極めて少ないものの、温室効果を持つ物質や、大気化学反応の担い手となる物質なども含まれる。私は、大気微量成分の変質・循環過程を明らかにするため、フィールド計測の高感度装置の開発とそれを用いた観測や、室内実験研究等を行っている。最近の研究成果について紹介する。

  1. A. Guenther, “Are plant emissions green ?”, Nature, 452, 701 (2008).
  2. Analytical techniques for atmospheric measurement, edit by D. E. Heard, Blackwell publishing, 2006.6.

(2)-2 講師:金谷有剛(海洋研究開発機構地球環境変動領域)
「対流圏OH, HO2ラジカルの観測から未知大気化学反応を見出す」

 対流圏において、OHラジカルは体積混合比1ppt未満と超微量ながらも最も重要な酸化反応開始剤であり、人為・自然起源の炭化水素、窒素酸化物等を水溶性物質へと変換する過程を開始することから「大気中の洗剤」としての役目を持っている。HO2ラジカルはOHの貯留形態で10-100倍濃度が高いがその反応には未知度が高い。レーザー誘起蛍光法など超高感度測定法に基づくOH, HO2の最近の観測から、対流圏化学反応メカニズムを分子反応レベルで検証することによって、未知の均一気相反応やエアロゾルとの不均一反応の可能性を見出し、大気汚染シミュレーション・大気環境管理政策・気候変動予測を向上させる取り組みについて紹介したい。

  1. Y. Kanaya, et al, “Chemistry of OH and HO2 radicals observed at Rishiri Island, Japan, in September 2003: Missing daytime sink of HO2 and positive nighttime correlations with monoterpenes”, J. Geophys. Res., 2007, 112, D11308, doi:10.1029/2006JD007987.
  2. Y. Kanaya, et al, “Urban photochemistry in central Tokyo: 1. Observed and modeled OH and HO2 radical concentrations during the winter and summer of 2004”, J. Geophys. Res., 2007, 112,D21312, doi:10.1029/2007JD008670.
  3. F. Taketani, Y. Kanaya, H. Akimoto, “Kinetics of heterogeneous reaction of HO2 radical at ambient concentration levels with (NH4)2SO4 and NaCl aerosol particles”, J. Phys. Chem. A, 2008, 112, 2370, doi:10.1021/jp0769936.
  4. J. Mao, et al., “Chemistry of hydrogen oxide radicals (HOx) in the Arctic troposphere in spring”, Atmos. Chem. Phys. Discuss., 2010, 10, 6955, www.atmos-chem-phys-discuss.net/10/6955/2010/
  5. Y. Kanaya and H. Akimoto, “Direct measurements of HOx radicals in the marine boundary layer: Testing current tropospheric chemistry mechanism”, The Chemical Record, 2002, 2, 199.

(2)-3 講師:竹川暢之(東京大学先端科学技術研究センター)
「エアロゾルと雲:分子科学と地球科学の接点」

 エアロゾルと雲の相互作用は気候変化予測における最大の不確定要素であり、同時に分子科学と地球科学の接点が重要となる魅力的な研究テーマである。エアロゾルは雲凝結核 (CCN) として作用し雲の微物理特性に大きな影響を与える一方、エアロゾルのかなりの割合が雲や霧水中の不均一反応で生成される。また、雲-降水過程はエアロゾルの主要な除去過程でもある。本講演では、大気中で観測されるエアロゾルのダイナミックな変動 (新粒子生成、不均一反応など)、さらにはそれがCCN数や雲に与える影響について、最新の知見を交えて紹介する。

  1. M. Kulmala, et al., “Toward direct measurement of atmospheric nucleation”, Science, 318, 89-92 (2007), doi:10.1126/science.1144124.
  2. H. Matsui, et al., “Spatial and temporal variations of aerosols around Beijing in summer 2006: Model evaluation and source apportionment”, J. Geophys. Res., 114, D00G13 (2009), doi:10.1029/2008JD010906.
  3. B. Stevens and G. Feingold, “Untangling aerosol effects on clouds and precipitation in a buffered system”, Nature 461 (2009), doi:10.1038/nature08281.
  4. N. Takegawa, et al., “Variability of submicron aerosol observed at a rural site in Beijing in the summer of 2006,” J. Geophys. Res., 114, D00G05 (2009), doi:10.1029/2008JD010857.
  5. A. Wiedensohler, et al., “Rapid aerosol particle growth and increase of cloud condensation nucleus (CCN) activity by secondary aerosol formation and condensation: A case study for regional air pollution in north-eastern China”, J. Geophys. Res., 114, D00G08 (2009), doi:10.1029/2008JD010884.